いま認識している事実はひとりひとり違う

前田さん

先日、最近お仕事していただいているモンゴルのパートナーさまに、モンゴル料理をごちそういただきました。

ロシアと中国としか国境を接していない国、全人口300万の国、だと日本人とはやはり違った世の中の見方があるなぁといろいろ勉強になったのですが、お相手のかたが私の話でいちばん驚いていたのは、村西とおる監督が実在でしかも存命の人物というところでした。全裸監督をつい最近みたとこだったらしい。

前田もっと有益な情報提供しろよ、とか、それくらいググればわかるやろ、とかいろいろ思うところはあるでしょうが、ハナっからフィクションとして受け入れている物語の登場人物が実在するかどうかググるということは普通やらない気がします。
桃太郎やジェームズ・ボンドって実在の人物?ってわざわざ思わないし、ウマ娘はじめたばかりのひとはもしかしたらゴールドシップが実在でかつ実際に日本競馬史上トップクラスの癖馬ということを知らないのかもしれません。

SORAはというと、年明けから3名のかたに入社いただいていて、それぞれにできることできないこと苦闘?しながら活躍いただいています。
slackに「日報」というチャンネルがあっていい感じです。

話をわかりやすくするために「教える側」「教わる側」と呼称しますが、「教える側」は教わる側が思っているより教えたがってるし、「教わる側」は教える側が思っているより恐縮してます普通。

「ひとりひとりが成長する」「その結果集団全体が成長する」という2つの来自体は全社的に一致しているかと思います。ひとによってどちら寄り、というのはあるとは思うけど。

昭和、というか平成の時代も「見て覚えろ」「苦労したほうが自分の身になる」という痛み理論的なのが支配的でしたが、「自分で体験する」ということは必ずしも「全部自分でやる」ということとイコールではありません。

育成において何が適度な負荷で、どうなると教えすぎなのか?は項目によってそれぞれかと思いますが、特に初期段階においては「教わる側はいっぱい質問する」「質問がスルーされても気にはしない」「教える側もそれはググれとかすぐ思わない」ってのが大事なように思います。

村西とおるが実在の人物かは、自分で調べるより知ってるひとが教えたほうが絶対に早いしそこ自分で調べることが有益かというとそうではないかなぁと思うのです。